次に工房裏の山を切り開き、ギャラリー兼住居を建てた。最初の住まいtと同様、ここも外壁だけを業者に頼み、内装は自分達で作り上げていくドウイッツユアセルフ。 キッチン、お風呂、寝室と最低限生活に必要な場所だけをまず作り、すぐに住み始めたのだが、寝室は石膏ボードが剥き出し、キッチンも水とガス周りだけはなんとか使えるが、 食器棚も完成していないという状況だった。
けれども昨日は、まだ籠に入れ積み上げていた食器が、今日は棚ができ収納できる。床板を張った場所が少しずつ増えていく。かたつむりのような速度だったが、 目の当たりに家が出来上がっていく作業は、全てが楽しかった。
一枚一枚カンナをかけてから張った床板に毎日雑巾拭きをして艶をだす。 手持ちの食器に合わせた棚や引出しを作るというように、自分達が創りあげていく住 居は愛着が湧く。
だがこんなにも愛着を持って作り続ける住まいだったのに、住んでいくうちにリビングが暗い、キッチンの風通しが悪いなど、不便なところが目につき始めてきた。
この段階で、家はまだ完成していない。この状況をどうする?2人で何度も話し合い、出した答えは住まいに自分たちを合わせるのではなく 『心地よい住まいを自分達が作りあげていく』だった。そうと決まればさっそく改装。まず3階のロフト部分の床を1/3取り去って2階に吹き抜けを作り、 寝室との仕切壁を壊し、キッチンを拡張、これにともなって寝室を東部屋に移動。
これを皮切りに、15年の間に小さな改装は数えきれないほど、キッチンの移動やデッキの張り出し、第2ギャラリーの増設など業者の手を借りての大規模な改築を2回と、家はどんどん心地よい変化をしつづけた。
長い年月をかけて家を作りつづけていると、家を作ることによって、人は自分達のありかたを見直すことができるのだと気づかされる。 家は、寝て、食べるだけの箱ではなく、わたしたちの生き方を映しだすものかもしれない。
名古屋から車で2時間、周りを山々に囲まれた標高700mの小さな過疎の町に住まいを移したのは15年前のこと。 スタートは、夫の家具工房と扉一枚で仕切った1DKの住まいからだった。 収納といえば、壁面に作ったオープン棚とチェストが1つだけ。
キッチンとの仕切りは食器棚、寝室は取り外しできるハシゴを登った小さなロフト。物を持つこと、増やすことの出来ない生活はシンプルの極み。 そして、薪で沸かすお風呂、汲み取りのトイレ、水源地から流れる沢の水を パイプで引き込んで水道としていた当時の暮らし全体が、無駄もなく今でいうエコ だった。